過去の日々所感 No.011〜015
No.011 2003.01.26  <似た者同士>
 昨年の暮れに発表された流行語大賞の一つに「ワールドカップ(中津江村)」が選ばれました。W杯参加国カメルーンの代表選手たちのおおらか過ぎる大遅刻に端を発しながら、最後は高揚感と充実感とに包まれたフィナーレへと落ち着いたあの騒動。真摯で素朴な中津江村の村民たちが一喜一憂する様子が、メディアで盛んに伝えられました。確かに昨年の出来事の中でも、思わず笑みがこぼれる記憶の一つとなっています。

 一躍有名となったあの坂本休村長は、その名前とは裏腹に、W杯騒動以降、睡眠時間も削られてしまうほどの超多忙な生活を送られたとの弁が、流行語大賞受賞のニュースの中で伝えられていました。

 Jリーグにとんと疎い私でさえ、W杯の期間中は時間の許す限りテレビ観戦をし、ことに日本代表チームの時は、自分でも驚くほどの興奮を味わい、世界中がサッカーに熱狂する理由が少し理解できたような気がしました。

 気のおけない友人たちと共に、観戦&餃子パーティーも開いたのですが、選んだのは、因縁の対決と称されたイングランド対アルゼンチン戦。日本代表のゲームはあえて避けました。

 なぜなら、いざ日本となるととても冷静ではいられず、あまりにハラハラドキドキで手に汗握る緊張状態がゲーム終了まで続いてしまうことに。そうなれば餃子をパクつきながらビールをゴクッと飲んでゲラゲラと談笑、などという余裕など全くなくなるであろうことを、初戦を見た時に学んだからでした。

 ヒデの沈着冷静且つ威風堂々たる存在感に感嘆をもらし、硬いはずのボールが鞠と戯れているかのように見えてしまう小野クンのしなやかな球さばきに嬉々とし、日本の若者たちの進化と世界トップレベルの素晴らしいプレーを堪能できた幸せな時間でした。

 日本代表を指揮したトルシエ監督の采配ぶりの妙は、サッカーに不慣れな素人の私には皆目わかりませんでした。ただ、代表選定で中村俊輔クンを外したことは正直残念でした。彼の左足から繰り出されるミラクルシュートをW杯の舞台で見せてほしかったものです。

 ちょうどその頃、スポーツ記者がトルシエ監督の性格について述べた文章を読み、なるほどと合点したのを記憶しています。

 彼は、周囲が「なぜ鈴木ばかりを使うのか」と言えば言うほど頑なに鈴木を使い、周囲が「なぜ中村を使わないのか」と言えば言うほど中村を外すのだ、だから周りの者はトルシエに全く逆のことを言ってみたらどうか、たしかそんな少しばかり皮肉を込めた内容だったと思います。

 そして近頃、ニュースで伝えられる小泉総理を見ると、なぜだか昨年のトルシエ監督の姿が浮かんできます。このお二人、どこか行動と思考を左右するシステム系統に共通の回路を有しているのでは、との感じがよぎるのです。

 おそらく小泉総理の周辺の中に、この時期の靖国神社参拝を押しとどめようと何度も進言した方がおられたのではあるまいか、正月14日の突然の参拝というニュースで是非や真意が取りざたされる中、勝手にトルシエ的思考を当てはめて想像してみました。

 ならば次は、「年に一度と言わず、毎月朔日と中日に参拝すべし」と進言されてみたら・・・どんなものでしょう。

No.012 2003.02.19  <老女ふたり>
 鼻の奥の方がムズムズっとくるような緩んだ空気を感じたかと思えば、冷たい雨が雪に変わるほどの寒さに逆戻りしたりと、季節の変わり目の中で揺さぶられながら空は動いているようです。そうして、春は着実に足元を通り越し膝下あたりまで迫ってきています。

 先週、所用で出かけた帰り、梅の様子を眺めてみようと近くの新宿御苑に立ち寄ってみました。剪定の行き届いた枝ぶりに紅梅はちらちらと咲き始めていましたが、白梅はぷっくりと蕾を膨らませていて、まさに開花を待つばかりといったところでした。それでも、ビル群の喧噪とアスファルトからひょいと逃れ、一面枯れ色となっている冬芝の上を歩く感触はふかふかとして何とも心地よく、一歩一歩足裏で踏みしめるたび、頭の神経が「コレだよ、コレ」と喜んでいるように感じられ満足しているようでした。

 ところで強度の近視に乱視もあり、眼鏡との付き合いも長い私は、ここ数年来、酷使し続けてきたツケが廻ってきたようで、どうも眼の調子がおかしいと感じていたことから、少し前に大学病院の眼科を訪れました。外来の初診となれば、多少待たされることは覚悟の上と文庫本を開いたものの、眼の疲れを誘うだけかと思い直し、眼を閉じて静かに待つことにしました。

 すると私の横で、やはり受診を待つ女性二人の世間話が聞こえてきました。決して聞き耳を立てていたわけではありません。とめどない会話が、たまたま隣に座り合わせたということで、否応なく私の耳に入ってきてしまったのです。

 どちらもおそらく70代とおぼしき高齢のご婦人方です。少し年上らしい一方の女性は杖を手にしていますが、背筋はピンとして姿勢よく座っています。たわいないやり取りが、俄然熱気を帯びて「話しに花が咲く」という表現がぴったりの風向きに変わったのは、話題がそれぞれの夫のことに向いたときでした。それも、いかに自分の夫はひどい夫か、という一点にです。

 「私は主人に騙されて結婚したのよ」
(おいおい、それは深刻すぎやしないか。こんなところでそんなこと言っちゃっていいのかなぁ)
 「まだ結婚する前に、二人で電車に乗ったんだけど、主人たら一つしか空いていない席に当然のように自分でサッと座っちゃって、私を立たせておいても平然としてるのよ。あの時に気づいて結婚を止めておけばよかった」
(そんな昔のデートの時のことをいまだに根にもたれているなんて、ご主人は夢にも思っていないんだろうなぁ)
 「うちの主人なんて、家の中で座ったら座りっぱなしで全然動こうとしないのよ。自分が動くのは男の沽券にかかわるとでも思ってるらしくて、新聞だって煙草盆だって、手を伸ばせば簡単に届くものでも私に持ってこさせるんだから」
(タバコボンって懐かしい響きだなぁ。家長に新聞に煙草盆と揃ったら、向田邦子さんの描く昭和初期の家族の風景だなぁ)

 こんな案配で、診察を待たされることなどものともせず、かしましく話しは続いていきました。体力の衰えとは反比例するように、次から次へと言葉を繰り出して口を動かしながら、この女性たちの精神はより強くよりたくましく鍛えられてきたのでしょう。しかも、言葉とは裏腹に、実はお互いの夫自慢をしているように私の耳には響きました。

 ある統計によれば、妻に先立たれた夫は寿命を縮め、夫が長命の妻は寿命を縮める、というじつに深淵な結果があるそうです。このお二方のご主人同士がもし顔を合わせたなら、一体どんな言葉を交し合うのでしょうか。やはり、発散するエネルギーと話題の豊富さにおいて、奥様方に断然軍配が上がりそうです。

 まだ身の引き締まるような寒さが残る中で花開く老梅は、静謐でありながらその内に凛とした芯の強さを漂わせて、他を圧倒するような近寄り難ささえ憶える特有の存在感を放ちます。それを少し離れたところからそっと眺めるのを私は好みます。

 ちょっぴり辛辣で饒舌な老女も、また違った存在感を放っています。人生を長く歩んできたからこその、柔軟でありながら固い新素材の芯を内に秘めているようで、失礼ながら、それはそれで羨ましくもあり、また可愛らしくも思えるのです。

No.013 2003.03.20  <春の記憶>
 この時期、なるだけ車の通らない住宅街の入り組んだ小径を選んで、気の向くままぷらぷらと散歩を楽しんでいると、辻々で緩んだ空気の感触と共に、春特 有の甘い花の香が鼻先に流れ込んできます。毎年見事な咲きっぷりを見せてくれる近くの桜の古木を見上げてみると、あとは開花を待つとばかりに、たっぷりと丸く膨らんだ蕾がびっしりちりばめられています。

 ふと、昨年の桜はどこで見ただろうか、と頭の中で記憶を思い起こしてみました。上野の森でちょうど満開を迎えた桜と出くわしていました。

 それは国立西洋美術館で開催されていたプラド展が目的で上野へ出かけていった時です。花曇りとでもいうのか、一面の薄い灰色の空が覆う空の下ではあったものの、少し白味がかったソメイヨシノの花が一斉に咲き誇り、少しの風に花弁がハラハラ散り落ちるという風情は、まさに絶妙のタイミングでした。

 例年の常識的感覚から、桜の見ごろはもう少し先なのだろうという思いでいたものが、何の予想もせず眼前に広がる満開の桜並木に迎えられ、とても驚いたことを鮮明に思い出すことができました。そういえば昨年は、人智の予想を上回る早さで桜の開花が日本列島を南から北へと駆け上がっていった異例の年だったのです。

 さて・・・。

 この原稿を書いている今、米軍によるイラク空爆開始という一報によって戦争が開始されたことが伝えられてきました。この開戦がいったいどんな結末をもたらすのか、どんな爪痕をつけるのか、云いしれぬ空の昏さと漠たる空気の重さのように、私の胸の内に灰色の膜が巣食います。地球を傷つけ、人々の意識を荒ませていくことだけは間違いありません。

 さあ来年の今頃、ちょうど春の訪れを体感する季節をまたいつものように迎えていることでしょう。そこで桜の花を眺めている未来の私たちは、一年前の桜の思い出を彷佛とさせた時、一体どんな表情、どんな感情でそれを反芻することになるのでしょうか。

No.014 2003.04.07  <お入学祝い>
 この4月、新しい生活をスタートさせている方が多いことでしょう。

 電車で1時間ばかりの所に住む姪一家も、長男ショー君が今春小学校へと入学です。このショー君、新一年生としてはかなり大きな体躯で、生まれて6年と少しばかりのキャリアながら、食にまつわる数々の武勇伝の持ち主でもあります。

 乳児の頃からすでに食欲旺盛で、与えた粉ミルクそして離乳食は、一度として残したことがなかったそうです。それを別段不思議にも思わなかった姪は、同じ年頃の子を持つママ同士のおしゃべりの中で、何の気なしにポロッと話したところ、「ええーッ!」と驚かれてしまったと言います。聞けば、近頃はいつでもどこでも食べ物が溢れている環境のせいなのか、食に対する欲求が希薄な子が増えていて、いかに我が子に残さず食べさせようか、食事で苦心しているママが案外多いのだそうです。

 確か2、3歳の頃、ちょうど我が家に遊びに来た時です。冷蔵庫の扉にくっついていたマグネットを見つけたショー君、それがとても気に入ったようで手に持ち眺めていました。綺麗なオレンジ色の丸い形をしたマグネットです。そのちょっと油断した一瞬の出来事でした。パクッと口の中に放り込み、「ウガッ、ウグッ」と飲み込んでしまったのです。咄嗟に口の中へ手を突っ込んで吐き出させようとしましたが時すでに遅く、大慌てで病院へ駆け込む騒ぎとなりました。このマグネット、ぴったり24時間後に「ウンチと一緒に出たよ〜」との姪からの報告があり、ホッと胸をなで下ろしました。

 その後も、パパと留守番中、お昼に用意したうどんを二人で6玉食べたとか、幼稚園でのスキー旅行の時には、ロッジで園児たちに用意してくれたラーメンを、ただ一人おかわりを繰り返し4杯もたいらげてしまったなどと聞かされると、“過ぎたるはなお及ばざるが如し”との故事が頭をかすめます。いつか地球環境が変化し深刻な食糧危機に見舞われた時、空腹に耐えられず一番最初にギブアップしてしまうに違いありません。

 こんなショー君も早いもので小学生。ささやかでも何かお祝いを届けてあげたいと、あれこれ頭を捻りました。姪に電話で必要な物があったら教えてと聞けば「何もいらない。おじちゃまが遊びに来てくれるだけで嬉しいから、気を使わないで」とけなげなことを言い、文具類も「パパが子供の頃から使っていた物を使わせるつもり」との返事。

 そして桜がまだ蕾をふくらませていた日の昼下がり、「おめでとう」を伝えに姪宅へと出かけてきました。結局、さんざん考えあぐねて反対意見も出るなか、お祝いの品として選んだのは、お米。

 私の深謀遠慮を知ってか知らずか、またひとまわり大きくなっていたショー君は、小さな目をクリクリさせながら「ありがとう」と言ってくれました。しかし、それよりもっと「一番嬉しい!」と喜んでくれていたのがパパとママであったのは間違いありません。

 その日の別れ際、「いいか。もしガッコウの給食が足りなかったら、正直に先生に言うんだよ」と思わす声をかけてしまっていた私でした。

No.015 2003.05.10  <花を咲かせてしまう人>
 キラキラとまぶしい日差しが、若葉の薄緑からつややかな濃緑と様々なグリーンのグラデーションに降り注いでいます。いつしか淡い風情を放っていたハナミズキに代わり、光の強さに呼応するように色鮮やかなツツジがその存在をアピールしています。

 この時期の私のささやかな楽しみと言えば、山や土手からの芽吹きの賜物、山菜や筍を味わうことです。今年は寒かった冬の影響からか特に筍の不作があちらこちらで聞かれました。筍掘りの名人と言われるおじさんでも、探して探してようやく見つけるとのこと。一雨ごとにニョキニョキ育つと聞いてしまうと、気持ちのいい五月晴れの合間の雨もとても貴重に思えてきます。

 山菜にはそれぞれに特有のえぐみやアク、爽香、シャキッとした歯ごたえ、ほろ苦さがあり、それらの持ち味をしっかり意識しながら、心を鎮めて自分の五感でちゃんと味わうつもりで、少しの量をゆっくりといただきます。その食べ心地は日本に生まれ育った私の精神にじんわり染みわたる、文字どおり山の恵みと土着の滋養をたっぷり含んだ美味しさで、心の底から「うまいなあ〜」と舌鼓を打つ、幸せな瞬間なのです。

 この満足感があればこそ、やがて待ち構えている梅雨時のじめじめとしたうっとうしさも、何とかかんとか乗り切れるような気がします。

 ところで、このゴールデンウィーク中、ニューヨークのヤンキーススタジアムで実現したイチローくんとゴジラ松井との初対戦をつかの間テレビで見ていました。二人とも揃って調子は今ひとつ、スカッとしたいい当たりがなかったのは残念でしたが、まだまだシーズンの序盤、これから夏に向かって、それぞれの個性を発揮し活躍してくれることでしょう。

 この少しばかり盛り上がりに欠けたゲームを補って余りある形で私を楽しませてくれたのは、解説を担当していた長嶋茂雄さん、その人の存在でした。

 とにかく言葉を尽くし、重ねて、混ぜて、ハテ?という独特のおしゃべりのスタイル。そこに野球への喜びと情熱を絡ませて、一所懸命語り続けます。しかもそれだけではありません。実況担当のアナウンサーが「長嶋さんは只今、身ぶり手ぶりを交えながらバッティングの解説をして下さいました」と途中で説明をしてくれたほど、言葉だけでなく体まで使って解説をしていたのでした。

 なるほど、私の耳に届く言葉の熱気が妙にすごいのもうなずけます。時々画面に映されるそのお顔は、テカテカと光り輝いて頬は紅潮し、まるで湯上がりにビールをグイッと一杯飲んだかのように上気していました。その陽気さと一途さには本当に恐れ入ります。

 スタジアムを大舞台に見立てれば、パワーで少しもメジャーに引けを取らない立派な体躯のゴジラ松井が「武蔵坊弁慶」なら、しなやかで軽やかなプレーで魅了するイチローくんはさしずめ「牛若丸」。そして、二人に向かって少し高みからニコニコとエールを送る長嶋さんは、これでもかこれでもかとサービス精神いっぱいに、どんな枯れ木にも花を咲かせてしまう「ス−パー花咲か好々爺」といったところでしょうか。

 大舞台を降りた長嶋さん、ゲーム終了後の五月のニューヨークで、一体どんな食事を楽しんだのでしょう?私の中の好奇心が騒ぎます。草履のような大きなステーキをペロリと平らげているのかもしれませんね。

No.011〜015・完
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