過去の日々所感 No.031〜035
No.031 2004.10.12  <イチローくん 2004>
 以前もこの欄に登場したイチロー。メジャー4年目の今年、シーズン最多安打記録をじつに84年ぶりに更新。記録へのカウントダウンがはじまった頃から、見ているこちらの方が一打席ごとに緊張し、おおいにドキドキワクワクさせてもらいました。

 大記録に立ち向かう中で伝えられた彼のコメントの数々。それは哲学的のような、無愛想のような、それでいて正直な胸の内の吐露のようでもありました。

 そんな彼の、けっして多くない言葉の発し方、プレイでの表現やグラウンドでの実績に最も重きを置く理念。それを見るにつけ、誇るべき日本の職人気質というDNAが健在であるのだと嬉しくなります。

 子どもの頃から修業を積み、同じ動き、同じ作業をコツコツムシムシ繰り返す毎日。その繰り返しの日々が、やがて10年20年という年輪を刻んでいきます。このコツムシ年輪のもたらしてくれる大きなご褒美が、揺るぎない巧みの技と鋭敏な感性。それを身にしみ込ませた職人の、珠玉の手から生み出されるモノたち。その存在は時に、言葉よりも雄弁に語りかける力を秘め、心を震わせるほどの感動の波を放ちます。

 無駄を排した型のような一連の動作。どんな時でも同じ呼吸で変わらぬ間合いを保つ集中力。勝負に臨むイチローを見ていると、純度の濃い、職人の粋を眺めているかのようで楽しくってなりません。

 そう考えるなら、彼の口から、耳ざわりのいい甘ったるいコメントを望むべきではないでしょう。スポーツ記者泣かせのインタビュー難、内的成熟ゆえの気むずかしさは当たり前。コツコツムシムシの職人が人間国宝になった・・・、そんな野球人なのですから。

No.032 2005.02.04  <何でもないこと>
 巨大な寒気団がすっぽりと日本列島を覆い、一年のうちでも最も寒さ厳しいこの時期。同時に、夜空を一番美しいと感じる時でもあります。

 吹きつける北風とシンシンとした冷気に、体は否応なしに縮み込んでしまいます。でも寒さが強ければ強いほど、いつも見慣れている東京の淀んだ空は一変。塵や煤を一掃させてすっきり澄み渡り,きりっと清冽な印象さえ与えてくれます。そんな夜は、月はしっとり落ち着いた輝きに磨きがかかり、冬の星座たちも嬉しそうに煌めいています。

 少し前、冬至あたりのすっかり日が暮れた夕刻。急な坂道をのぼりきったちょっと高台から、目に飛び込んできたのは新宿ビル群の、とても綺麗な夜景。そのあまりの見事さに思わず足を止め、しばし見入ってしまいました。

 ‘あれっ?’
夜景に見とれながら、一瞬、私の頭の中に?マークが浮かびました。ここ数カ月、散歩の定番としてよく歩いているコース。車の入れないような狭い道をわざわざ選んで歩いていけばたどり着く、いつもの登り坂でした。でもこれまで、こんな綺麗な夜景にはまったく気づかなかったからです。

 そのワケはすぐにわかりました。私がボーっと考え事をしながら歩いていたからとか、うつむいて歩いていたから、ということではありません。

 その坂道の眼下には小さな公園が広がっています。周辺を囲むように伸びているのは、背の高い数種の木々たち。この真冬、葉はすべて枯れ落ち、残されているのは細く伸びた枝だけ。私の視界にはその枝が、幾本も絡まり合う黒い線のシルエットと化して映っていました。それはまるで繊細な影絵のよう。そして、その控えめな影絵がさらにムードを引き立てるように、闇の彼方から、暖かで刺激的な光に包まれたビル群の姿がくっきりと浮かび上がっていたのです。

 葉が生い茂っている季節では、ビル群の輪郭の多くは木々に隠れてしまい、あまり目立たなかったに違いありません。さらに、これほど遠くを見渡せる大気の透明度がなければ、せっかくの明かりも、ぼんやりしたものとしか認識できなかったでしょう。そう、私が思わず見入ってしまった夜景は、寒くて夕闇が深い、冬ならではの佳品だったのです。

 人だって同じ。何となく知っていたつもりでいたはずなのに、意外な一面に気づいた瞬間、その人への印象がガラリ変わってしまうことがあります。何でもないことの中から、味わいある輝きを見つけだす面白さは、また格別です。

No.033 2005.03.11  <桑野式 優しい光 その1>
 しんしんとした真冬の午後に訪れたのは、静かな雰囲気のS子さん。お母様も彼女を心配して付き添って来られました。私の前に座るなり、まず最初に「フウ〜」と弱いため息を吐いています。彼女にとっては、駅から私のオフィスまでのわずかな道のりも、冷たい空気にさらされ体力を消耗してしまうことなのでしょう。

 S子さんは、上場企業に勤務して10数年のキャリアを積んだものの、ストレスから体調を崩し、現在は休職中。そんな日々をやり過ごすなかで、彼女はいつしか、思い浮かぶ言葉を書き綴るという作業に楽しみを見いだしていったようです。

 やがていくつかの作品が生まれ、それが編集者の目にとまり、とてもすばらしいという評価を得ます。さらに近々1冊の本となることに。大手出版社との契約を間近に控えていたこの日、ペンネームの相談に私のもとを訪ねて来てくれたのです。

 普通の人より何倍も、感受性が深く鋭い女性であることは、ビリビリするほどこちらへ伝わってきます。大きな企業の中の、大勢の社員たち。次から次へと変容する価値観や環境に、素早く順応することを望まれる職場環境。そこに身を置いた彼女が、感性の豊かさゆえ、知らず知らずのうちに疲れを溜め込み、感性の鋭さゆえ、知らず知らずのうちに見えない傷を負わせてしまうことは、容易に想像できたのです。

 そうして私は、彼女の名前と向き合いました。

 次回へ続けます。

No.034 2005.03.28  <桑野式 優しい光 その2>
 前回に続いて。

 小さな赤毛のアンが、心の内に棲んでいる・・・。S子さんの名前から、一番に私が感じとった印象でした。

 ツンと鼻をさすような若草特有のとんがった青臭さ。些細な出来事も、まるでこの世の終わりかのような絶望の嘆きを吐く。小さな草花一つに、バラ色の人生の予感を見いだしてしまう。そんな少女アンの原動力は、ヒリヒリと火傷させられそうなくらいに熱く、生まれたてのようにみずみずしい感情。

 それとよく似た激しいマグマが、内側でドクドクと脈打つ。うっすら疲労感をにじませながら静かな表情で座っているS子さんの、もう一つの姿を、名前は淡々とものがたっていました。

 それはきっと、表現者という芸術の道を志すなら、何にもかえがたい資質。そのことを彼女自身がきちんと認識し、ちょっとやんちゃで厄介だけれど、宝石のように輝く魅力として受容していくこと。そんな、自分を愛おしむ深呼吸が、これからの飛躍へと結実するために不可欠なのだと、私はゆっくり、言葉を選びながら彼女へ伝えました。

 それから2週間後。S子さんが再び来訪しました。依頼されたペンネームが出来上がったためです。

 彼女への新しい名前づくりに、私がそっと織り込めた力は、「優しい光」。

 それは、何もかもを白日の元にさらしてしまうような強烈なまぶしさではなく、闇の中にぽっと浮かび上がる、灯明がもたらすような寛容な気配。照らされた者をふんわりとベールで包んだように映し出し、見られたくないものは闇にまぎれてやんわり隠してくれる・・・。熱情の深淵があぶり出された行間に、しなやかな余白が息づくように。

 そんなありようが彼女の内なる激しさと重なり合った時、生み出される世界はきっと、多様で柔軟な広がりを見せてくれることでしょう。

No.035 2005.05.27  <バラの名前>
 散歩の途中の、あるお庭で。いくつもの大輪のバラが見事に咲き誇っているのが目にとまりました。フェンス越しの素敵な眺めに、しばし足を止めました。

 「よろしかったら、中に入ってゆっくり見ていかれてください」
後ろから穏やかで可愛らしい声がかかりました。振り向くとおそらく70代の、とても小柄なご夫人。このお庭の主でした。ちょうど外出から帰宅したところのようです。

 「いえいえ、ここから眺めさせていただくだけで充分です」
と、こちらは恐縮。私だけでなく、バラの見事さに思わず足を止めて見入る人が幾人もいたのでしょう。ご夫人は、どなたにも同じように声をかけているのだと言います。

 そういえば、たしかミステリー作家アガサが描くミスマープルもやはり、庭に毎年見事なバラの花を咲かせる名人。バラの手入れに余念がないミスマープルは、シュッシュッと吹きつけるレトロな噴霧器を手にしていたイメージが。それだけ、バラを育てるのには手間ひまをかけてあげなければならないのでしょう。

 「こんなに見事に咲かせるのは、さぞ手入れがたいへんだったのでしょう?」と尋ねてみました。

 この庭では犬も飼っているので、農薬の類いは一切使っていないこと。水をたっぷりあげないと良い色にならないこと。本当は剪定するのだけれど、せっかくついた蕾を摘んでしまうのはどうにもしのびなくて、すべて咲かせていること。この10数本のバラの木はすべて種類が違い、しかもどれも30年ものであること。さらにはバラの名前の一つ一つまでもを、私に教えてくれたのです。

 なるほどとお話をうかがいながら目を向ければ、微妙に色が違う赤やピンク、黄があり、目立たぬ低い位置にはブルーの蕾が一つ、端には白もしっかりと咲いてます。そして小さな虫やミツバチも、楽園のごとく自由気ままに飛び回っていました。

 さて、ひとしきりバラ鑑賞を楽しませていただいた私は、心優しいご夫人に丁寧にお礼を言い、その場を後にしました。歩きながら忘れないように、たった今聞いたばかりのバラたちの名を反芻してみました。

「ファッション」「クレオパトラ」「ブルームーン」
ここまでは好調。
「シルバー???」「・・・・・」
あ−っ駄目だ、灰色の脳細胞がバラバラになってしまった・・・残念!

No.031〜No.035・完
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